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このページでは僕の『勝手にお気に入り』を書かせて頂いています。

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With The Beatles

デビューアルバム『PLEASE PLEASE ME』でセンセーショナルなデビューを遂げた彼らの2枚目のアルバムは前作にも引けを取らない内容で更に彼らのルーツを感じられるアルバムとなっています。カバー曲では彼らのルーツであるR&B(リズムアンドブルース)・スタンダードナンバー・フェイバリットロックナンバー等がフューチャーされた前作よりも黒っぽい印象を受けます。(ジャケットもモノクロのローキーなものですし)オリジナルの楽曲でも彼らの音楽性も更に拡がってきています。コード進行も斬新な展開をしてみたりと短期間ながら彼らの才能の開花が見受けられます。次のアルバムである『A HARD DAYS NIGHT』ではさらに音楽家としてまたコンポーザーとしての彼らの魅力が花開きます。

前作から引き続き彼らのフェイバリットソングが多分にクローズアップされ、内容的にも彼らの才能の片鱗が伺えます。まだこの頃はスタジオ録音の技術の過渡期でありましたがそれがかえって彼らのサウンドの荒々しさと共に洗練されたコンポーザーとしての魅力をかんじさせてくれたのかも知れません。私は87年に発売されたCDでの音源は聞いていません。聞いていたのはモノラルバージョンのLP版だったのでひょっとしたらそう感じたのかも知れません。最初に聞いた時には彼らのロック魂?をひしひしと感じました。一曲目の“It won't be long”でのシャウトのコーラスがとても印象的でした。3曲目の“All my loving”はとても御機嫌なナンバーでアップテンポの曲調とそれに絡むジョンの掻き鳴らす3連符のリズムギターがとても気に入っていました。この曲には別バージョンで冒頭でリンゴによるスティックでのカウントが入っているものが有りました。それがとってもかっこえ〜なと思いました。リズム&ブルースの香りがする“You really got a hold on me”や“Little child”、コーラスの秀逸な“please Mister postman”、ジョージのボーカルとギターが冴える“Roll over beethoven”ローリングストーンズ(ミックとキース)の目の前で曲を書いたといわれ中期のライヴでのリンゴのパフォーマンスも際だつ“I wanna be your man”そしてアコースティックの音色とギターコードの斬新な“Till there was you”他にも良い曲がそろっていますが私は極めつけジョンのシャウトと迫力のある演奏の聞ける“Money(That's what want)が最初に聞いた時にビビッと?きました。前作の“Twist&shout”にもひけをとらないロックナンバーでオープニングのピアノでのリフの格好良さが印象的でした。

この時期の前後に彼らは初期の代表曲である“From me to you”、“She loves you”、“I want to hold your hand”を仕上げてきました。まさにこの時期にはかれらの才能が花開く時期であったのでしょう。これだけの作品を仕上げてくる彼らのクリエーターとしての力は目を見張るものがありました。シングルでありながらB面曲もとても印象に残る曲を多忙なスケジュールであるにも関わらずに仕上げてくるのは凄いものです。そしてやはり其処には彼らだけではなくそれを形にするべく引き上げてくれたプロデューサーやエンジニアの活躍無しには成し得なかったと思います。そういった二人三脚的な作品作りが後の作品群では花開いていくのだろうと感じます。アルバムジャケットのハーフシャドウの4人のビジュアルもこれからの彼らの才能の開花を感じさせるものです。同じカメラマン(ロバート・フリーマン)が4枚目の“FOR SALE”でもジャケットの写真を撮っていますがカラーとモノクロといった時代の匂いも感じさせますが、ここではかれらの若い感性の芽吹きが感じられる様です。彼らがデビュー前に行っていたハンブルグでの出会い(映画『BACK BEAT』でも描かれています。)がとても印象的だったのかとも思います。かつてのメンバーの一人であったスチュウアート・サトクリフの恋人でもあった写真家アストリッド・キルヒャーがデビュー前の彼らを撮った写真によくこのようなハーフシャドーの写真がありました。ビジュアルと共にこのアルバムはモノクロのイメージがとてもよく似合うと思います。

please please me

“one,two,three.four!”のカウントで始まる『Isaw her standing there』から始まる記念すべきThe Beatlesのファーストアルバムです。1963年2月11日僅か10時間程のセッションでレコーディングしてその翌月3月22日にリリースされるというまさにスピード違反で捕まりそうな(意味不明?)勢いのあったアルバムです。

デビューシングルとなった『Love me do』(シングルバージョンではリンゴ・スターのドラムですがアルバムではセッションミュージシャンのアンディー・ホワイトのドラムが聞けます。)リズム&ブルースに端を発したかのようなブルージーなフレーズとジョンのハーモニカとそれに絡むポールのボーカルが今でも初期のThe Beatlesの味を感じさせます。後年ポール・マッカートニーはこの曲とB面であった『P.S I love you』を合体させてライヴで披露していました。ジョン・レノンもこの曲はお気に入りだった様です。アルバムタイトルにもなっているセカンドシングルにもなった『pleses please me』では原曲ではロイ・オービソンを意識したようなボーカルラインだそうですが、プロデューサーであるジョージマーティンの監修の下リメイクされたバージョンではとても耳に残る様なフレーズが心地よいものとなりました。(昔この曲のサビの部分がガムの宣伝にも使われていました。)もともとこの曲はセカンドシングル候補ではあったのですがキャッチーなイメージが必要だと言うことでカバー曲『How do you do it』がシングル候補に上がっていたそうです。デビュー前より多くのロックやリズム&ブルース、ポップス、トラディショナルな曲を演奏してきていた彼らですが、このアルバムでもカバーバージョンは多いです。デビュー前にクラブ等で演奏していた荒々しい雰囲気はナリを潜めて大人しく感じられますが、ライヴではやはり荒々しい雰囲気は残されて いる様です。このアルバムの曲の他にも彼らのスタンダードが演奏された『BBCセッション』(現在は廃盤、アルバム『Antologe.1』で一部聞けます。)では、このアルバムに収録された同じ曲でも違った雰囲気に聞こえてくる様です。ライヴとは違ってアルバムでは優等生的な雰囲気を感じられる彼らの多面性な才能なのでしょうか。

このアルバムではコーラスの巧みさを感じられる様な気がします。このアルバムで聞かれる曲にはThe Beatlesは優れたコーラスグループでもあったことが分かり、その後の曲でも着実に活かされてきています。このアルバムの最後を飾る『Twist&shout』はジョンがセッションで声をつぶして演奏してワンテイクで録ったという迫力あるボーカルが聞ける曲です。コーラスの掛け合いもさることながらリッケンバッカーを掻き鳴らし、ややがに股気味でシャウトするジョンの姿と一本のマイクを分け合って掛け合いをするポールとジョージの姿が映画『Hard days night』でも見られます。デビュー前のテディボーイな彼らとメジャーの世界に駆け上がった彼らが同時にシンクロされて見える様な気がします。彼らの若い頃を描いたオマージュの映画『Back Beat』でも効果的に演奏されていました。シンデレラストーリーの様な彼らですが多くの人達に支えられて才能を開花させていったのだろうな〜と思います。一期一会は大事だな〜と思います。

HELP !

 1965年に公開された2作目の主演映画『HELP!(4人はアイドル)』では、前作のリアリティな日常といった感じではなく、ストーリー性を持ったお話しとして描かれています。(カラー作品、総天然色←この響き良いです。)

 お話しは、カイリ共和国に伝わる生け贄の儀式に使う指輪を、ビートルマニアの一人がリンゴに贈ってしまいました。その指輪をはめた者はカイリ神の生け贄にならればならないという事で様々な追っ手がビートルズに迫ります。そこに現れた謎の美女、指輪を手に入れ一儲け企む科学者等、入り乱れての大騒動になります。戦車や軍隊に守られてのレコーディング、アルプスやバッキンガム宮殿、そしてバハマといろいろ舞台を移しての、ジェームス・ボンドばりの?活躍やコメディー等楽しめる要素がいっぱいです。

 タイトル曲はジョンが書いた曲で、自分の心の叫びを歌ったものだと言われています。当時のビートルズへの熱狂ぶりは凄まじいもので(私はリアルタイムではありませんが、当時の映像等見ると凄さを感じます。)ジョンは、後年『僕は、太ったエルビスの様な時期だった』と語っています。いきなり始まる“HELP!”という心の叫び声にも似たフレーズはとても心に残ります。“僕が若かった頃誰の助けもいらなかった。でも今は誰かに助けて欲しいんだ。でも誰でも良いって訳じゃない。僕を助けてくれる誰かに。”という彼の内省的な歌詞は、後の“NOWHERE MAN”“STRAWBERRY FIELDS FOREVER”“YER BLUSE”等に受け継がれていると思います。頂点を極めた彼らが見た物は何だったのでしょう。

 この撮影中に、小道具として使われたシタールに興味を持ったビートルズは、演奏旅行の合間にインドに立ち寄りシタールを手に入れたりしています。それが次のアルバム“RUBBER SOUL”から実験的に使われ、それがやがてブリティッシュロックに新しい波をもたらしたと思います。そして、当時お互いに影響しあっていたのはボブ・ディランでその影響も垣間見られます。前作“FOR SALE”で歌われたカントリーロックも発展。このアルバムから録音技術も上がりいろいろな試みも行われています。このアルバムは、今までのアイドル路線から音の実験期に至る重要なターニングポイントであると思います。

 映画にも使われませんでしたが、とても有名な曲がB面に有ります。ポールが夢の中でインスピレーションを得たと言われる“スクランブル・エッグ”と当初は名付けられた曲です。彼らはこの曲は公式には、シングルカットしませんでしたがアメリカや日本ではシングルとして発売されました。オーケストラ奏者による弦楽四重奏とポールのアコースティックギターの調べが美しい“YESTERDAY”と呼ばれるこの曲は、始めてのソロの曲です。(その後の“ELEANOR RIGBY”にも受け継がれている感じがします。ちなみに謎の美女“アーメ”を演じていたのはエリナ・ブロン。)

私も“HELP! ”悩んだ時とかに聞きます。答えは自分の中にあるのかも。

A HARD DAY'S NIGHT

1964年に公開され全世界のビートルマニアを熱狂の渦に巻き込んだ映画作品。監督はリチャード・レスター。66年にはジョン・レノンが出演した『僕の戦争』やポールのライヴ映画『GET BACK』等も手掛けました。喜劇も得意な監督に脚本のアラン・オーウェンが当時のTHE BEATLESの日常を基に描いています。

映画のタイトルにもなった言葉は、リンゴ・スターが何気なく呟いた一言でした。後の“TOMMOROW NEVER KNOWS”もリンゴの冴えた一言でした。THE BEATLES主演によるこの映画は、ただのアイドル映画に終わらずに彼らの魅力存分に堪能出来ます。日本では映画評論家の水野晴郎氏『ビートルズがやってくる ヤア!ヤア!ヤア!』とこれまた魅力的なタイトルを付けられました。(2001年時のリバイバル公開時には、『〜ヤア!ヤア!ヤア!』の邦題は使われませんでした。ちょっと残念。)

モノクロの映像と相まって、活き活きとした4人の姿が描かれそれぞれに楽しんでいた様です。タイトル曲にもなった、オープニングの“ジャ〜ン”のフレーズや間奏のフレーズも印象的な“A HARAD DAY'S NIGHT”ライヴでもよく演奏されました。列車の中で女の子に囲まれ歌う“恋する2人”、この映画がきっかけとなりジョージ・ハリスンと最初の奥さんとなるパティ・ボイドは結婚しました。リハーサルでふてくされるリンゴを元気付ける様にジョンが歌う“恋におちたら”ジョージの歌う“素敵なダンス”、ガットギターの音が耳に残るポールの繊細なバラード“アンド・アイ・ラヴ・ハー”、野原を元気に走り回るシーンで流れる“キャント・バイ・ミー・ラヴ”、クライマックスでは、“テルミー・ホワイ”サントラ未収録ですが、“シー・ラヴズ・ユウ”、ディスコで踊るシーンでちょっと流れる“オール・マイ・ラヴィング”、“ドント・バザー・ミー”、孤独なロンリーガイを演じるシーン(実は本当に二日酔いだったとビデオのアンソロジーでリンゴ自身が語っています。)で流れる“ディス・ボーイ”のインスト。それぞれに映画のシーンを思い起こさせてくれます。

サントラのA面は映画で使われた曲ですが、B面もこれまた佳曲が揃っています。コーラスの印象的な“家に帰れば”、80年のリバイバル公開時にオープニングで流れたカントリーロック“僕が泣く”、ジョンのハードな面が浮き立つ“ユウ・キャント・ドゥ・ザット”元気なロック“エニータイム・アット・オール”ジョンのマイナー調のバラード“アイル・ビー・バック”。アコースティックな音をメインにピアノやリッケンバッカー12弦ギター等が上手く絡みます。オリジナル3作目にして全て自分たちの曲(この後の『FOR SALE』にはロックのカヴァー曲が沢山収録されています。)になって彼らの成長と自信が感じられます。特にジョンはこの時期、油の乗った時期だったのかも知れません。

初公開時、まだ私は生まれていませんでしたが、後に映画館で見てみて色褪せない魅力が詰まった映画だと感じました。サウンド的にも初期のTHE BEATLESの作品の中で一番好きなアルバムです。

Rubber Soul

THE BEATLES1965年録音のアルバムで、それまでのシングルトラックからダブルトラックへと録音技術も進歩していく過渡期に制作されました。前記の『REVOLVER』とは兄弟の様なアルバムだと彼ら自身も述べておりました。歌詞や音楽的にもそれまでの恋愛を歌ったものから、更に広い愛や自分の内面等に向けて歌われたものもあります。このアルバムでは、様々な“音の実験”に対する試みが見られ今まで使った事にないインドの楽器シタールの導入や変拍子、新たなリズムの導入等行われましたが全体的にアコースティックな雰囲気で作られています。

使用楽器の変化も音の変化の要因にもなっています。ジョンの弾いているリズムギターは、リッケンバッカーからエピフォンカジノに変わり、ポールのベースもよりソリッドなリッケンバッカーに変わっています。ジョージのグレッチやカントリージェントルマン等もギブソンSGやエピフォンカジノ等に変わっています。アコースティックギターがメインの曲も多く“GIRL”“君は何処へ”“MICHELLE”“ノルウェーの森”“ひとりぼっちのあいつ”“浮気娘”等全編に渡って使用されています。ジョージのソングライティングも光る物が出てきています。“嘘つき女”ではファズベースがフューチャーされ、“恋をするなら”では12弦ギターが印象的です。そしてこの曲はライヴ活動終了時まで演奏されました。“ひとりぼっちのあいつ”等ではコーラスを重ねて録音しましたがステージではそれが出来なかったので音の厚みが薄くなっています。(当時の技術で、よく演ったものです。)

歌詞の内容も“IN MY LIFE”ではノスタルジックなムードで歌われ“ひとりぼっちのあいつ”ではジョンの内面の声が歌われています。“DRIVE MY CAR”“GIRL”では少しセクシャルな雰囲気が醸し出され、リンゴが数行書いたという“消えた恋”ではカントリーの良い味が出ています。“MICHELLE”ではアコースティックな曲ながらエレキベースの味付けが絶妙だと思います。この頃ボブ・ディランとの親交があり音楽的にも良い刺激を与え合っていた様です。“愛のことば”では後の“愛こそはすべて”に通ずるメッセージが歌われていました。

人気はこの頃絶頂期でありましたが、彼ら自身それに止まる事無く新たな音を模索していくといった姿勢であった様です。アルバムジャケットも今までと違った雰囲気でアイドルからアーティストへの変貌の時期である事を象徴しているかのようだと思います。タイトルはローリング・ストーンズのミック・ジャガーがアメリカで言われていた“PLASTIC SOUL MAN”をもじったものだと聞いた事があります。同時期に制作された“恋を抱きしめよう“DAY TRIPPER”にも新しい視点で歌われています。

(このアルバムは私のお気に入りドライビングミュージックとなっています。)

REVOLVER

1966年4月〜6月までのセッションで録音されたアルバムでこの時期、世界的なツアーに出ていたThe Beatlesは、その多忙なスケジュールの合間を縫ってレコーディングされた16曲(同時期にシングルリリースされた“PAPERBACK WRAITER”,“RAIN”も含む)はそれまでのアイドル路線ではなく、このアルバムの前にリリースされた『RUBBER SOUL』でも分かるように、恋愛の歌だけでなく、さらに広い愛、物語り、内省的など多岐に渡り始め歌詞にも変化が見られる他音楽的にもインド音楽の影響、変拍子や自由なコード進行やメロディーライン、アレンジの変化等、技術の進歩と共に実験的な音作りを模索し始めました。それを更に進化させていった結果が傑作と言われる『S.G.T PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND』を生みました。このアルバムはそれに至る重要な位置を占めるものです。

この時期、サイケデリックムーブメントやドラッグカルチャーといったものが世界に広まりつつありました。インド音楽への興味は、東洋思考へと進み、このアルバムを印象付けるリンゴ・スターのネーミングセンスの光る“TOMMOROW NEVER KNOWS”を生み出しました。複雑なテープループとリンゴの重く響くドラム、そしてジョンの不思議なヴォーカルが印象的な曲となっています。この曲がこのアルバムの最初のセッションで作られた事は驚くべきです。『ANTHOROGY』の映像版でもこの曲について語られています。

ジョージ・ハリスンもこのアルバムではソングライターの才能の遍歴を現し始めています。トップナンバー“TAXMAN”ではシニカルな皮肉めいた歌詞と歪んだギターリフ、ポールによる跳ねるようなベースが印象的です。“LOVE YOU TO”ではインドミュージシャンに混じった演奏力も本格的なラーガロックになっています。“I WANT TO TELL YOU”は、いまいちパンチが足りませんが時代を現しているかの様です。

『RUBBER SOUL』がジョン・レノンのソングライティングの絶頂期とするならば(個人的な見解ですが)『REVOLVER』はポール・マッカートニーのそれだと想います。このアルバムのポール主導の曲は後に全てセルフカヴァーしています。“ELEANOR RIGBY”では秀逸な物語り的な歌詞とヴォーカル、ストリングスで悲しい人々へのオマージュといった雰囲気が漂います。“HERE THERE AND EVERYWHERE”はルーツのR&Bのエッセンスが込められたシンプルなバラードナンバーでコーラスの巧さとエレキのストロークが心地良いです。(後にポールはアコーステックでリメイクしています。)“FOR NO ONE”は前の曲と共にジョン・レノンもお気に入りのナンバーです。ホルンの音色が耳に残ります。“GOOD DAY SUNSHIN”後のポールの曲に感じられる軽快なナンバーです。“GOT TO GET YOU INTO MY LIFE”はマリファナの影響を受けて作られた曲だそうですが、ホーンセクションの使い方が斬新な秀逸なブラスロックです。

ジョン・レノンはシングル“RAIN”でテープの逆回転を発見しそれを“I'M ONLY SLEEPING”“TOMMORPOW NEVER KNOWS”“SHE SAID SHE SAID”等で効果的に使っています。( “I'M ONLY SLEEPING”のギターソロは逆回転のギターを元に採譜され、それを基に演奏されました。)このアルバムではジョンのヴォーカルは、何らかの手が加えられている感じでいろいろな声が聞けます。常に革新的な面を求め続けた曲の数々はジョンの曲で聞かれる感じがします。“DR ROBERT”ではアシッド・ロックの雰囲気ながら軽快なカントリーミュージックのノリが感じられます。“AND YOUR BIRD CAN SING”は、後のインタビューでジョン自身は嫌っていますがツインギターのパワフルな佳曲です。

リンゴ・スターの代名詞の様な曲“YELLOW SUBMARINE”もこのアルバムに収録されています。楽しげなこの曲は1968年に同名の映画の主題歌にもなり、今でもリンゴ・スターのテーマ曲として歌われています。(関係有りませんが大滝栄一さん作、金沢明子さん歌による“イエローサブマリン音頭”も絶品です(笑)

このアルバムが録音されて間もなく、日本にもTHE BEATLESは、やってきました。そこで警備していた警官の銃(リヴォルバー)をもじってアルバムタイトルにしました。候補名には『ABRACADABRA』等ありました。このアルバムの収録曲は、当時のライヴで演奏するには不可能なナンバーであり、唯一同時期のシングル“PAPERBACK WRITER”がレパートリーに加えられましたが、シングル版はダブルトラック録音、ライヴで演奏を行うには苦しい様でした。このアルバムリリースから程なくライヴ活動を中止しスタジオワークを中心に活動していく様になります。この年の秋“STRAWBERRY FIELDS FOREVER”“PENNY LANE”等の佳曲を生み出し、翌年には歴史に残る作品を発表していきます。

このアルバムのジャケットはデビュー前のハンブルグ時代からの友人クラウス・フォアマンによって描かれています。モノクロの写真のコラージュとビアズリーの様なタッチの繊細なイラストは内容と相まって良い感じです。(アカデミー賞のジャケット部門で受賞しました。)『ANTHROGY』でもジャケットデザインを手掛けています。ジョンやジョージの曲でもベースを弾いたりとマルチプレイヤーでもあります。(ちなみに私と同じ誕生日です。って関係ないか。)

このアルバムは私の2番目のお気に入りでもあります。

左の画像はボツジャケットのデザインです。

MAGICAL MYSTERY TOUR

The Beatlesの最高傑作と評価の高い『Sgt.pepper's Lonely Hearts Club Band』を発表後、次なるプロジェクトとしてポールを中心に作られました。このプロジェクトを開始する少し前に、彼らは掛け替えのない人物であるマネージャーのブライアン・エプスタインを失ってしまいました。そうした行き場のない悲しみや、自分たちのこれからを模索する様に開始されました。

行き先を告げられずにバスに乗り込み、様々な不思議な体験をしたり、いろいろ見たり聞いたりというストーリーが有って無い話しを曲に合わせて映像として表現していくという方法を採ったこのプロジェクトは、脚本や監督といった基本に則ったものでは無く、いわば場当たり的要素の強いものでした。当時全体を統括していたのはポールで、彼のコンセプトの下撮影は開始されました。

撮影中も混迷を極めたこのプロジェクトはテレビ映画として、1967年のクリスマスの翌日(12/26)に放映され視聴率は、70%を越えるといった驚異的な数字でしたが、当時まだ白黒放送が大半だったので、彼らのカラフルな映像や雰囲気は伝わり切らず、結果的に失敗の烙印を押されるという結果になりました。時代を先取りしたセンスは、当時まだ学生だったスピルバーグや多くの映画界で活躍する事になる人々に影響を与えました。そして現在のMTVの様な音楽の映像化といったものの先駆けとなりました。

音楽的にも『Sgt.pepper's〜』で駆使されたスタジオ技術が活かされながらも、新たなよりポップなものが表現されています。ポールの“FOOL ON THE HILL”ではシンプルながらも歌詞も深みを増しています。“YOUR MOTHER SHOULD KNOW”では映画のクロージングナンバー的な感じで、長い階段から真っ白なタキシードを着て胸に薔薇の花を差した4人が降りてきます。(ポールのみ黒薔薇だったので彼の死亡説の一因に上げられました。)ジョンの“I AM THE WALRUS”では難解な歌詞(ルイス・キャロルの“鏡の国のアリス”の世界がモチーフとなっています。)と映像的な音作りが印象的です。マネージャーを失った悲しみと混乱が曲にも影を落としています。ジョージの“BLUE JAY WAY”はインド音楽の影響を受けながらも、サイケデリックな音作りをされています。4人の共作となっているインストゥメンタルナンバー“FLING”も当時ならではの雰囲気の音と、映像に使われたのは、スタンリーキューブリックの『博士の異常な愛情』のアウトテークのショットでした。タイトル曲の“MAGICAL MYSTERY TOUR”はキャッチーなナンバーでまさしくタイトル曲の雰囲気です。

サウンドトラックは最初、6曲のEP版として発売されたのですがアメリカで発売された時に、その時期に発表されたアルバム未収録のシングル曲を加えた豪華な内容になっていました。その後、世界的にも後者の形でリリースされています。

世界的なサイケデリックムーブメントの時代を感じさせる作品であると共に、なぜか私は華やかな中にもなぜか寂しさを感じ、THE BEATLESの黄昏時の雰囲気を感じてしまいます。

LET IT BE ...NAKED

実質的にラストアルバムとしてフィル・スペクターがプロデュースした『LET IT BE』とは違った音風景がありました。この企画が発表された時には私は、正直言ってなぜ今頃と思いました。彼ら自身もあまり触れたがらない時期のものですし音源は数多くの海賊版等で聞くことも出来、何よりも『ANTHOROGY』でその時期の事を振り返っていたのですから。元々は『LET IT BE』の映画のDVD化はされるのかという問いから始まったと言われています。それならばサウンドトラックであるアルバムを映像に沿った形で発表するのが望ましいという考えの元、メンバーの承諾を得て新たなる『LET IT BE』を作る事になったという事です。ファンにとっては新譜が聴けるのは嬉しい事ですが、もう解散してジョンとジョージはいないので『歴史の中からの新譜』となります。

実際に音を聞いてみて驚きました。THE BEATLESのグルーヴ感は今も色褪せていないという事です。基本的にはフィルスペクター版の『LET IT BE』と音源は同じなのですが時代の成せる技というのでしょうか、リアルタイムではなし得なかった事も可能となりその音も聞けます。

特に圧巻なのはルーフトップコンサートのトラック。1968年に発表された『THE BEATLES (White Alubum)』で聞けたブルースロックの姿がここでも聞けました。ビリープレストンのキーボードがとても良いノリを醸し出しています。お気に入りは“I'VE GOTA FEELING”“DON'T LET ME DOWN”です。“ACROSS THE UNIVERSE”はジョンの声がきちんと聞こえてシンプルながら味わい深く感じられエコーの波に消え入る様なエンディングも印象的です。“LONG AND WINDDING ROAD”はバンド単位でのバラード、メンバーの音風景が聞こえます。オーケストラとコーラスによってコーティングされた物を聞き慣れているとなぜだか寂しい気が。“LET IT BE”は今まで聞き慣れたものと似ていて非なるものでゴスペルロックが再認識できました。“FOR YOU BULE”“I ME MINE”もジョージのギブソンのアコギの音が良く聞こえ、楽しい音に感じられました。“GET BACK”は骨太なロックで彼らのルーツへ戻ろうといった感じをうけました。オリジナルに収録されていた“DIG IT ”“MAGGIE MAE”は削除され(オマケのセッションCDには入っています。このCDには映画の冒頭で流れるポールによるピアノインストゥメンタルや後に“JEALOUS GUY”となる“CHILD OF NATURE”も少し聴けます。僕は映画に収められている“BESAME MUCHO”“YOU REALLY GOT A HOLD ON ME”等も聞きたかった所です。)

以前発表された『ANTHROGY3』には幻のアルバム『GET BACK』と同じ音源が収録されていましたが、これとはまた違った認識で楽しむ事が出来ると思います。発表前は、肯定的な見方は出来なかったのですが、実際に聞いてみて制作者の意図が感じられました。ただ残念なのは、歴史が刻んだ溝は埋める事が出来ないという事。もし『NAKED』が時間を遡ってリリースされていたとしても彼らは自分の道を歩んでいったのだろうと思います。

LET IT BE

1968年の『The Beatles(white album)』のセッション中に、リンゴの一時脱退やそれぞれのソロレコーディング、意見の食い違い等でファブフォーの連帯感は揺るぎ掛けていました。そんな中ポールは、メンバーの連携を取り戻そうと『原点回帰』を掲げ、ライヴコンサートとそのリハーサルを収録したテレビ番組を企画しました。

1969年1月年明けそうそうにロンドンのトゥイッケンナム・フィルム・スタジオでリハーサルセッションが開始されました。1月の寒いスタジオとカメラが回る中、リハーサルセッションは続いていきましたが、集中力を欠いた散漫な演奏やジョージがこの時一時脱退したり、メンバー間の連帯は益々ひび割れが拡がっていく一方でした。そしてその打開策として、ライヴコンサートの中止、新譜リリースのためのセッションとし、トゥイッケンナムでのセッションは打ち切り、彼らの会社アップルスタジオに場所を移してのセッションとなり、そして音の薄さと人間関係の改善の為ゲストミュージシャンを招く事になりました。キーボードプレイヤーのビリープレストンを迎え、集中力を取り戻したBeatlesは次々と曲を仕上げていきました。

1月30日昼時、ロンドンサビルロウのオフィス街にビートルズサウンドがこだましました。アップル屋上でのコンサート(ルーフトップ・ギグ)が行われ、警察がコンサートの中止に来たりしましたがこの演奏は歴史に残るものでした。“GET BACK”に始まり“GET BACK”で終わるこのライヴは映画『LET IT BE』でも見ることが出来ます。次の日にはスタジオで“TWO OF US”“LONG AND WINDING ROAD”そしてタイトル曲となった“LET IT BE”が演奏されました。

こうして約1ヶ月に及んだ『GET BACK』(当初はこのタイトルでした。)セッションは終わりを告げ、長時間のフィルムとマスターテープを生み出したのでした。このテープの編集にあたったグリン・ジョンズは2度『GET BACK』を編集したのですがメンバーからのダメだしをくらい、結局お蔵入りになりました。このセッションからは多くの海賊版が生み出される結果となりました。(『LET IT BE NAKED』にもオマケとして20分程のセッションの様子が収録されているという事です。昨年このセッションのマスターテープが盗難から戻って来たという事もありました。)

The Beatles自身もこのプロジェクトの熱は冷め、益々ソロ活動に力を入れていきました。そして実質的なラストアルバムである『ABBEY ROAD』を生み出した彼らは、The Beatlesとしての活動を終えようとしていました。そんな中契約上の理由で『LET IT BE』は再浮上してきました。年は明けジョン以外の3人が音を加え、セッションは終了しました。アルバムはお蔵入りを免れない状況の中、ジョンが密かにフィル・スペクターにマスターリングを依頼しました。その結果出来上がった音は、彼らが意図していたライヴレコーディングとはかけ離れたオーバーダビング・オーケストラ等でコーティングされたものでした。

『LET IT BE』と同時期にソロアルバムを発表する予定だったポールは、このアルバムの音を聞き(特に“LONG AND WINDIG ROAD”)烈火の如く怒りました。そしてこれを脱退宣言の理由のひとつとしました。映画『LET IT BE』は公開されましたがメンバーはプレミア発表の時には誰も現れなかったのでした。その年の暮れ、ポールは3人のメンバーを訴え法的にもThe Beatlesは解散したのでした。

アルバム『LET IT BE』は実質的なラストアルバムではありませんが歴史的にはラストアルバムになっています。『NAKED』の登場により、このアルバムの位置が微妙に移り変わっていく様な気がします。双子の兄弟の様な2枚の『LET IT BE』に時間の溝を感じました。

YELLOW SUBMARINE

昔、海の底深くに色鮮やかな草木が茂り、音楽が絶え間なく流れ人々が楽しく暮らす国ペパーランドがありました。人々はそこで幸せに暮らしていましたが、そこに突然、音楽を嫌い希望を壊すブルーミーニー達が攻撃を加えてきました。あっという間にペパーランドは制圧されてしまいましたが、ペパーランドの最後の希望である「Yellow Submarine」と船長のフレッドはペパーランドを救うため旅に出ます。

と、始まるビートルズの同名曲をテーマにしたアニメ映画がありました。(同曲は1966年発表の「REVOLVER」に収録)おりしもサイケデリックムーブメント真っ盛りの1968年に公開されましたが、今もその魅力は新しい感じです。評価もなかなか良い様で本人達も気に入っている様です。声は声優による吹き替えですがラストには本人達も登場します。

そして物語はそこから始まります。「Yellow Submarineはリヴァプールを訪れ、多くの寂びしい人達の姿を見ます。フレッドはビートルズに助けを求め、船長フレッドの案内の元、ビートルズはペパーランドを救うため旅に出ます。ペパーランドに行くためには『4つの海』を越えて行かなければなりません。

『時間の海』『科学の海』を越えて行き、沢山の怪獣が住む『怪獣の海』でバキューム怪獣に吸い込まれてしまい「Yellow Submarine」は、故障してしまいます。そこでインテリ学者“ひとりぼっちのあいつ”のジェレミーに出会い修理は完了しますが「Yellow Submarine」とはぐれてしまいます。しかしひょんな事から最後の海『穴の海』からペパーランドに辿り着いたビートルズが見た物は希望を失い青くなってしまったペパーランドでした。

音楽と機知に富んだ行動でビートルズはブルーミーニー達と闘っていきます。彼らとそっくりな“Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band”を救いだし“愛こそはすべて”と歌い上げるとブルーミーニー達は次々と撤退して行きます。こうして希望を取り戻したペパーランドで人々とブルーミーニー達も仲良く暮らしていくのでした。

同名のサウンドトラック(1969年発表)はA面がThe Beatles、B面はジョージ・マーティンによるオーケストラでした。1999年にリリースされたリマスターされたサウンドトラックは、映画で使われたThe Beatlesによるオリジナル曲ばかりでした。(リマスターバージョンは音質も格段に良くなっています。)

寂しい人達のシーンで流れる“Eleanor Rigby”は映像自体も実写とアニメを合成した叙情溢れる雰囲気を感じさせ、“Lucy in The Sky With Diamonds”でも幻想的な映像とシンクロした様な感じです。映像もアニメというものに止まらず、現代アートや実写合成等といった視覚的にも楽しめるものとなっています。時間の海で流れる“When I'm 64”や科学の海の“Only A Northen Song”、ジェレミーのテーマ“Nowhere Man”、船出やエンディングのThe Beatles本人達も登場するシーンの“All Together Now”、ペパーランドで歌う“Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band”、ジョンが言葉でグローブと闘うシーン(ギャートルズの元?)で歌い上げる“All You Need is Love”、ジョージの登場シーンでイントロだけ使われる“Love You Too”、再リリースで公開されたブルドッグと闘うコミカルなシーンで流れる秀逸な“Hey Bulldog”、サントラには収録されていませんが『穴の海』のアイディアの元となった“A Day in The Life”、リハーサルテイクが使われた“Think For Your Self”平和が戻ったペパーランドで歌い上げられる“It's All Too Much”そしてメインテーマの“YellowSubmarine”とミュージカルのような雰囲気で彼らの曲に合わせて映像が移り変わって行きます。

今も、なお色褪せることのない物語り一度ご覧になって下さい。

「Yellow Submarine」と旅してみたいな〜。(笑)

MEET THE BEATLES

 もうかれこれデビューしてから約40年経ち、もう今は存在していないバンドなのになんでここまで魅力的なのか。

 昨年、メンバーの一人George Harrisonが亡くなりましたが(合掌。)毎日どこかで彼らの影の様なもの見たり聞いたりします。(近くのホームセンターでは店内のBGMはTheBeatlesがず〜っと延々毎日流れています。)

僕は1968年生まれなので彼らの活躍した時代には一応生きていたのですがざんねんながら記憶には残っていません。1980年にJohn Lennonが亡くなった時、小学生だったのですがその事を知ったのはそれから2,3年後でした。

 僕がThe Beatlesを好きになったきっかけは、ある日ラジオから流れてきたジョンの“Woman”という曲からでした。それからジョンやThe Beatlesの名前がFM雑誌に書かれてあると手当たり次第チェックするようになりました。放送時間前になると用事などをすませてラジオの前に座り(当時はラジカセしか持っていませんでした。)曲が始まると息を殺し録音ボタンを押し(中には“Help!”のようにいきなり始まる曲もあり「うわ!!」っとなっていた事もありました。)曲が終わると緊張が解け「ふう・・。」となっていました。

 そしていつの間にかインチキながら口ずさめる曲も増えていきました。(それでも英語の成績はよくなかったな・・。)へたくそながらギターを弾きながら歌っていたこともあったけか。(人前ではありません)

 曲だけでなく彼らの行動や発言、影響力など彼らに興味が増すにつれ魅力的と感じるようになりました。そしてその時代や様々な人々のことを知りたいとおもいました。そこから様々な音楽を聴いていくようになりました。

White Album

私の作品を作っていく段階で影響を受けるものとして美術作品や音楽、書物などありますが、映画やアーティストのプロモーションビデオや写真等のビジュアルイメージもあります。このサイトのロゴとトップページは、The Beatlesのアルバム“THE BEATLES”(WHITE ALBUM)のジャケットからインスパイアされて作りました。このアルバムについて少し書いてみようと思います。このアルバムは私自身、特に好きなレコード(この言い方古いですね。)で学生時代アルバイトして始めて買った彼らのレコードでした。2枚組で30曲入っていて少し値段も高かったのですが、歌詞が載った沢山の写真がコラージュされたポスターや彼らの写真のオマケが付いていたり、ジャケットにナンバーが打ってあったりでいろいろお得感がありました。(CDでもこの仕様のものが出されていました。)

このアルバムが作られた当時、彼らはインドでの瞑想修行に行っていたり自分たちの会社“Apple”を立ち上げたり、いろいろなアーティストと交流したりと多忙だったようです。インドの瞑想修行中に作られた多くの曲はそれまでの曲よりも多彩な内容だと感じます。パロディーあり皮肉あり、内省的なものやハードなもの、繊細なもの、音楽的にもレゲーのリズムや音楽コラージュ、ブルース、ハードロック、フォーク、カントリー、複雑なコード進行、多種多様なSE等、西洋音楽の歴史とまで表されています。発表当時は余り良い評価は得られなかった様ですが彼らの様々な変化が感じられます。レコーディング時、リンゴが一時期脱退したりと雰囲気が良くなかったり、ソロレコーディングやオーバーダビングが多く使われたりと複雑な時期だった様です。後の“Let it Be”“The Long And Winding Road”もこのセッション時に作られ物悲しげな雰囲気を醸し出しています。

私はこのアルバムのB面に当たる部分が好きです。ここではアコースティックギターが前面に出ている曲が多く含まれています。ジャケットも芸術家リチャード・ハミルトン氏の手による物で、シンプルながら深い味わいが感じられます。このサイトのロゴを作る時、真っ白いジャッケットにエンボスの白い文字が良いなと思っていました。なので似たような雰囲気で影を落としてみました。流木も光を当てるとその影の形が面白かったりします。光と影、このアルバムを聴く度に感じます。

SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND

The Beatlesの最高傑作という呼び名の高い『Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band』。この長いタイトルが付けられたアルバムはコンセプトアルバムと言われました。架空のバンドに扮するというコンセプトの下、音の実験を繰り返し、レコーディングに約700時間掛けられた大作は生まれました。現在の機材やコンピューター等を使えば、いとも容易く出来てしまう様ですが、当時まだステレオも一般的ではない上に録音技術も今と比べると質素でしたが、製作陣は出来る事の粋を集めて作ったそうです。

今聴いても“A Day In The Life”の河の流れの様な壮大な音風景や“Being For The Benefit Of Mr.Kite!”のサーカスの様な雰囲気のSEや“She's Leaving Home”のクラシカルな悲しげな雰囲気、タイトなロックナンバー“Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band”そして同曲のリプライズ。不思議な国のアリスの様な幻想的雰囲気の“Lucy In The Sky With Diamonds”、ジョージのインド趣味をフューチャーした“Within You Without You”、架空バンドの登場人物、リンゴ扮するビリーシアーズが歌う楽しげな“With A Little Help From My Frends”等々、万華鏡の様な音と詩の世界が感じられます。

このアルバム制作時は、ヒッピームーブメント最高潮の時期でありこのアルバムにはドラッグの影響が感じられます。髭をたくわえ、髪型、それぞれの主張等、それまでの彼らとは一線を介する存在感を感じます。多くの名士達に囲まれているアルバムジャケットもイコンとなり多くのアーテイストに影響を与えました。私はまだ生まれていませんでしたが、このアルバムから創造性の様なものを感じます。

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